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  • 執筆者の写真HOSHIBA YUMIKO

人生のQ&A室①不安とのつき合い方

更新日:2020年5月20日


コロナが怖くて仕方ありません。 肺炎になるのは苦しそうだし、世界中が大恐慌になって電気や水や食料に事欠くことになったらどうしよう? と、今から考えてもしょうがないことが気になってしまいます。。 どうしたら、干場さんのように冷静でポジティブになれるでしょうか・・?

まず、最初にお断りしておかなければならないのは、わたしが決して冷静でポジティブというわけではない、ということ。比較的、不安は少ないほうだとは思いますが、それは冷静だからというより、Tommorow is another day、ただ単にノーテンキだからかかもしれませんので(汗)。

というわけで、東京にお住まいの女性からの質問です。 この質問をいただいたのは、サイトをオープンしてすぐの3月25日。東京に、外出自粛要請等が宣言される直前でした。イタリアや英国では、感染者の数も死亡者の数も指数倍数的に増えておりましたが、日本はまだ、1日あたりの感染者の数も2桁。テレワーク導入の企業も増え、さすがに夜の宴会やカラオケは控えるようになってきて、すでに日常ではない、つまり非常事態ではありましたが、電車はまだまだそれなりに混んでおりましたし、今にしてみれば、とても楽観的状況でした。

そんな中で私が最初に考えた回答は、以下の通りでした。

不安とのつき合い方ステップ①

不安の正体を知る

まだ起こっていないことを考えると、わたしたちは不安になります。対象が不明確だからです。もし、対象がはっきりしていて、それが私たちに害をもたらすものだとすると、不安にはなりません。その代わりに恐怖を感じます。

では、恐怖を感じたら、どうするか?

闘うか、逃げるか──いわゆるストレス反応が起こります。

具体的には、アドレナリンが分泌され、心臓の鼓動が速まり、喉が乾き、筋肉が緊張します。クマと出会ったハイカー状態。それこそ緊急事態モードとなります。だって、ぼーっとしてたら、襲われちゃいますからね。身を守るために私たちの身体に備わる生理的反応です。

問題は、私たちの身体と、その身体の反応を察した脳は、実際にクマと遭遇しなくても、もし、クマが出てきたらどうしよう、と考えるだけで、実際にクマと遭遇したときと同じ反応を起こしてしまうことです(そう考えると、わたしたちの脳もおばかですね。自分で妄想を捏造しておきながら、自分でその妄想に怯えているわけですから)。

つまり、よくわからないから不安になる。だったら、まずはその不安の対象をできる限り知ることから始めればいいのです。というわけで、今回のケースでは、まず、コロナの何が脅威なのか、を知ることです。

最初に知るべきは、

①感染の確率

②感染後の重症化の確率

③感染後の致死率・重篤な後遺症

④コロナウィルスに関する医学的情報

といったところでしょうか。

一般的には、①×③で、そのリスクを測ります。

つまり、たとえ、感染の可能性が0.01%だとしても、いったん感染したら50%死んじゃう場合(薬ができる前のペストとかは、そんな感じだったのでしょうか?)と、感染後の致死率1%の場合では、かなりリスクは異なります。ビジネスで、成功の確率と成功したときのリターンの掛け算で投資をきめるのと(逆のパターンではありますが)、似ていますね。

(原発のメルトダウン事故は、起こる確率が0.0001%でも、いったん起こってしまった場合の被害の及ぶ範囲が、何百年、何千万人、何千兆円になるとしたら、①×③はとんでもない数値になるのでした。)

次に、①〜③の詳細を知ること。要するに、どういう場所、状況下で感染が起こっているのか? 感染している人の年齢、性別、その他特徴は? 等々。

感染確率というのは一律ではなく、さまざまな条件によって異なっているはずで、自分にとっての確率は、それらの条件から割り出す必要があるからです(実際、イギリスの調査では、感染し、重症化する人の90%は、太った65歳以上の男性だったとか)。

では、詳細を知るために、何をするのか? 

このためには、信頼できる、すなわち、出典元が信頼できる組織・個人のものであり、エビデンスに基づく記述である情報を、多方面から集めることです。数が多くても、偏った立場からの情報だけでは実態に迫れません。それどころか、デマに翻弄されることにもなりかねません。

●不安をもたらす脅威を避けるためにできることを行う

脅威の実態をできる限り知ることの次に行うべきことは、2つあります。

一つは、その調査結果に基づき、できるだけ脅威を避ける。クマを避けたければ、クマの出そうなところに行かない。どうしても行かなければならないなら、鈴を鳴らしながら歩く。つまり、感染しそうな行動をしないことです。外出しない、外出するなら、三密を避け、マスク・手洗い! ……

次に、万一、かかってしまったときに備えて、入院のための準備、入院中の家庭や仕事の対応準備をしておくことでしょうか。

次のステップは、感染が広がることによって生じる社会的経済的状況を予測し、できる限りの手を打つことです。

実は、ニューヨークでの感染爆発が報道される3週間以上前に、ニューヨークに住む知人からの内密な情報として、次のことを知らせてきてくれた人がいました。

その知人というのは、実は、日本でも名を知られるちょっとしたお金持ちなのですが、その人は、

①株の暴落が予想されるので、株式はすべて売って、現金に換えた

②家族全員分3週間分の食料と水、衛生品を買った

というのです。

当時としては、なんと人騒がせな、ばかばかしいと思いましたが、やがて世界の多くの都市でスーパーでの食料品やトイレットペーパーの買い占めが起こり、場所によってはそれによる暴動、殺人まで起き、株も暴落しました(アメリカではその後、すぐに持ち直しましたが)ので、ニューヨークではかなり前から兆候があったのかもしれません。

ちょっとここで恥ずかしながら、告白しますと、わたし自身は、そんなことは信じていませんでしたが、それでも、息子一人分の1週間分の食料・水などは、こっそりネットで買いました(!)。マスクも早い段階で65枚入りを買っておきました。それと、友人がおくってきた論文に基づき、予防に効くらしいという漢方薬も注文しました(誤待った行動を広げる人となっては困るので、SNSはもちろん、リアルでも誰にも言いませんでしたが)。

何が言いたいかというと、つまり、リスクを冷静に計算しつつも、それに備えるためにできることで、信頼できるソースが推奨する、コストに見合う程度のことは準備しておく、ということです。備えあれば憂いなし、とは言いませんが、備えあれば憂い半減、ぐらいまでにはしておくことでしょうか。正解かどうかは知りませんが、干場はどうしているか、と言われれば、そうしていたわけです。

ただ、わたしの場合、何度も家中のノブやスイッチをアルコール消毒したり、出かけもしないのに、日に何度も手洗いしたりとか、そういうのは苦手だし、労力がリスクに対するコストとして合わないと思うので、やってません。

●脅威からの損害を減らすためにできることを行う

しかしながら、都市封鎖や流通網遮断、人の移動・接触を避けるための外出自粛・営業休止に伴う世界的景気の悪化、それにともなう企業の倒産、個人の破産、失業者の増大、それにともなう格差の拡大、治安の悪化、といった事態は、予測はできても、個人の力ではどうしようもありません。少なくとも、自分の生活で精いっぱいの庶民としては、せいぜいがその中で、自分と自分の家族を守る程度のことしかできません。

要するに、考えても自分にはどうしようもないことについて、あれこれ心配している暇があったら、小さなことでいいから自分にできることをする、ということです。

そもそも、自分の手ではどうしようもないことを、あれこそ考えて不安になってしまうのは、そうしている間は、行動を起こさなくてすむからです。つまり、逃避です。いまは、どうしようもない不安から逃げ出したい、と思っているかもしれませんが、不安から逃げ出す最大の方法は、不安の正体を知ることです。

正体がわかれば、不安ではなくなります。その代わりに、恐怖になることもありますが。それでも、恐怖がはっきりすれば、闘うか逃げるか。いずれにしろ、行動を起こさざるを得ません。

行動こそが、不安をなくします。

不安は妄想(バーチャル)であり、行動は現実(リアル)だから。

不安とのつき合い方ステップ②

●不安はなくならない

と、以上までが、3月から4月の上旬、ちょうど、安倍総理の緊急事態宣言の発令ぐらいまでに考えていたことでした。

その後、飲食、観光、娯楽、芸術を中心に、休業要請に基づく休業、それにともなう倒産、内定取り消し、破産、失業、ホームレス化、自殺など、経済活動の急速な縮小に伴う世界恐慌以来とも予想されていた事態が現実のものとなり始めていくなかで、わたし自身、不安、というか、迷いが生じてきてしまいました。

世界はこの先、どうなるんだろう?

コロナ後も人びとの「移動」が半減すると、自動車産業はどうなるのか? 世界の産業構造はどうなるんだろう?

資本主義はよい方に軌道修正せざるを得なくなるのか、それとも、ますます格差が広がり、世界に二極化と分断が広がるんだろうか?

そんななかで、自分にできることなんてあるんだろうか?

そもそも出版はどうなる?

どんなメッセージ、コンテンツが求められるんだろう?

それらについて、さまざまな人の知見をネットや新聞で読んだり、オンラインで友人と話したりしているなかで、気づいたことが二つありました。

一つは、この漠然とした不安というか気がかりは、ずっと続くんだな、ということ。

with コロナ の時代とは、with 不安の時代だと。

なんだ、いまさらそんなことに気づいたのかと言われそうですが、ステップ①で述べたことは、要するに、不安をなくす方法でした。つまり、わたしは、不安は持つべきでないものという立場から書いていました。それが、気づいたことの二つ目でした。

でも、そうなんだろうか? もしそうだとしても、やっぱり、不安はあるのです。

わたしたちが、将来を予測できる、いまここにないものを幻想できる唯一の生物であるかぎり、不安はなくならない。最初に書いたとおり、いまここにないもの、未来のことを考えれば、必ず不安になるのですから。それが自然な働きなのですから。

だから、不安になっている自分を責める必要はなかったんです。

不安と敵対する必要はなかったんです。

●できることはできる。できないことはできない

では、不安とともに生きるとはどういうことか?

コロナによる急速かつ甚大な経済の悪化、という次なる脅威に対して、どうするのか? といったら、やっぱり、まずは自分にできることをする、以外にできることはないといまは思っています。

閉店を余儀なくされたとんかつ屋さんがお弁当の販売を始めたり、居酒屋さんが、オンライン居酒屋と出前を始めたり、といった具合です。リモートワークの流れは、コロナ後も続くと予想して、リモートワークにともなう新しいビジネスを準備しているITベンチャーや、提案する事業プランを考えている大企業社員も少なくないでしょう。今回の場合、仕事と住まいの両方を失ってしまっている人、内定取り消しになってしまった人、立ち退きを迫られている飲食業の人、、、現実に困窮している方々がたくさんいらっしゃるわけで、それに対して、政府に働きかけていくこともまた、わたしたちにできることのひとつでしょう。あるいは、今は忍耐のときと資格試験の勉強を始めている人もいるかもしれません。

不安と向き合い、脅威を明らかにしたうえで、それをチャンスにしている人たちです。これをきっかけに世の中を変えようとする人たちです。

思えば、さまざまなイノベーションは、将来に対するよくない予測から、それを解消するために起きてきたとも言えます。

ステップ①での結論と矛盾しますが、

行動しても、不安はなくならない。次の不安が生まれるから。

でも、行動すれば、何かが変わる。

現実の時空間に歪みを生じさせるから。

いい方向か悪い方向かは分からない。でも、現実を変える。

最後に。

考えてもどうしようもないことを考えつづけるなんて、思い上がりもはなはだしい。だってそれ、何でも自分でコントロールできるはずだと思っているということでしょう?! だって、人事を尽くして天命を待つ、じゃないですけれど、できる限りのことをしたら、あとは運に任せる!!

***

質問をお寄せくださったMAMIさんへ。以上は、現時点における干場の考えです。ごめんなさい。答えになっているかなあ。

ほかの方でも、こんなふうに考えられる、わたしはこうしている、というものがあったら、ぜひ、お聞かせください!! 


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