• HOSHIBA YUMIKO

人生のQ&A室④嫉妬心とのつき合い方

45歳の会社員(女性)です。ずっとキャリアアップを目指して頑張ってきましたが、思うような仕事に就くことはかないませんでした。事業で成功したり、夫が出世したりと輝いている友人をみると嫉妬してしまいます。「人は人」と思っても、 SNSでつながっているので、嫌でも情報が入ってきて気分が落ち込んでしまいます。特に自分がやりたいことをしている友人が成功していると素直に喜べず、そんな自分も嫌になります。どんな心の持ちようでいればいいのでしょうか。




ふたつのことで、悩んでらっしゃるのですね。ひとつは、人生が思ったようにうまくいっていないこと。もうひとつは、上手くいっているように見える友人に嫉妬してしまう自分をなんとかしたい。


*今すぐ不幸になれる、たったひとつの方法


まず、前者についてから。 質問者のMさんから見たら、ひょっとして私なんかはうまくいっている人のひとりなんでしょうか?!

もしそうだとしたら、二つの点で誤っています。


ひとつは、けっしてはたから見るほどうまくいっているわけではない、仕事でも家庭でも、いろいろとまあ、あるわけです。私の人生相談になってしまうので、今は省きますが(!)


確かに、私にも、仕事も夫も子どもも、全てが完璧にうまくいっているように感じられるときもありました。でも、人生、誰にでも波があります。株価みたいなもんです。うまくいっているときもあれば、落ち込むときもある。でも、不幸を売りモノにする人以外は(そういう人も結構いますが、それはまた別の問題児です)、わざわざ、うまくいっていないことをSNSに書きませんから、ほかの人の目には入りません。


人は、空間的にも時間的にも、他人の日の当たる部分ばかり見るものです(逆に、自分自身については、日陰の部分ばかりに目が行ってしまうもの)。あるいは、人は、何が加わったかは、すぐ分かりますが、何が消えたかを認識するのはむずかしい(近所で更地がうまれたとき、そこに以前建っていた建物をもう思い出せないでしょう?)ので、誰かのSNSでリア充ぶりの書き込みが減ったとしても、なかなか気がつかないのです。


ここで、ちょっと待った! 干場さんなんて、そんなレベルじゃないんです。私の友人たちはもっともっと成功していて。。。干場さんぐらいだったら別に、、、ですか? はい、すみません、そうですよね。私もそう思います。。


というわけで、もうひとつの誤りは、誰でも、①常に人と比較している ②何かを手に入れるとそれを持っていることが当然のことになってしまう ので、はために上手くいっているように見える人も、もっと上手くいっている人と比較しているため、けっしてうまくいっているだなんて、思っていないということです。あなたと同じように。


以前、いますぐ不安になれるたったひとつの方法として、先のことを考えること、というお話をしたと思いますが、同様に、いますぐ不幸になれるたったひとつの方法というのを、ここでご伝授しましょう。


それは、比較することです。


自分よりうまくいっていると他人と比較する、もっといい仕事に就きたかったと自分の理想と比較する、あの頃は今よりよかったと過去と比較する。そうすると、さきほどまで、宝物のように感じられた「いま、ここ」での充実が、とるに足らない価値のないものに見えてくるものです。


*人はなぜ、落ち込むのか?


とまあ、どうせみんな、それほどうまくいっているわけじゃないし、いずれにしろ、上には上がある、比較したら切りがない、という、なんとも陳腐な慰めにきこえるかもしれませんが、そんなものです。


いや、そんなの、いやだ!?


そうですね。ここで、選択はふたつです。ひとつは、いまの自分が自分の限界、つまり、自分なりに精いっぱいやった、後悔する余地のないくらいすべてやって、これだ、と認めて、『人は人』で生きる。もうひとつは、同様に今の自分のたいしたことない点と向き合った上で、その悔しさを糧に、次のステップにむけて具体的に一歩を踏み出すこと。いわゆるひとつのハングリー精神ですね。Mさんがどちらを選んだとしても、私は応援します。

応援しないのは、どちらもしないで、タダ、ぐだぐだ言っていること。


なぜ、人が落ち込むかと言えば、落ち込んでいる間は、行動しなくてすむからです。行動して、やっぱりダメな自分と直面しないですむからです。そうして、いつまでも、本当はもっとできるはずなのに、なんて運の悪い私、、、と自分で自分をかわいそうがっていられるからです。


そんの、ひどい!?

そうですね。でしたら、もうしばらく落ち込んでいてください。だいじょうぶ、いずれ浮かんできますから! 人は、基本、水に浮くので、浮力に逆らって、ずっと落ち込んでいるのも、結構、しんどいものなんですよ(一生懸命泳がないと浮かびあがれない人が哲学者になると書いてらした哲学者がいて、昔それを読んでから、哲学者に対するコンプレックスから自由になりました!)。


浮き上がったあと、まあ、人生こんなものかと、これもまた楽ちんと、ぷかぷか浮いているのもよし、なにくそと、猛烈に泳ぎ出すのもよし。ただ、一般には、60歳を過ぎると、ほとんどが前者となります。悩んでいられるのも、まだ体力がある証拠。45歳だからだということも覚えておいてくださいね。


*人は、嫉妬から自由になれるのか?


さて、Mさんの悩みのもうひとつの部分が、嫉妬から友人の成功も素直に喜べない自分。

これ、すごくよくわかります! これも比較からくるものではありますが。 若い頃、わたしも、たとえば初対面の人と会ってもすぐに打ち解けられるようになりたい、とか、好きな人に素直に好きと言える人になりたい、とか、いろいろ課題を持っていましたが、最後まで残ったのが、「嫉妬心」でした。


嫉妬からつい、嫌みを言ってしまったり、友達の旦那の成功を素直に喜べなかったり、内心、うまくいかないことを祈っていたり、、そんな自分が嫌で、嫌で、嫌で、憂鬱でした。


そんな私を救ってくれたのが、本でした。それも、自己啓発書でも宗教書でもなく心理学書でもなく、なんと、アシモフのSF。ロボットシリーズのなかの一冊の、たったひとつの描写でした。30歳ぐらいの時だったと思います。

そこには、ダニエルという人間とそっくりのロボットが出てくるのですが、そのダニエルを相棒に、毎回、人間の主人公が登場します(シリーズですので、何巻もあり、人間の主人公は変わっていきますが、ダニエルは変わりません、歳をとらないので)。


その中の一人のイライジャだったかベイリだったか、ともかく、ふたりで宇宙を旅し、敵と戦っていくなかで、当然、二人の中でもいろいろあるわけです。そして、正しいのはいつもダニエルです。

で、主人公は、嫉妬からつい、嫌みを言ってしまう。ところが、ダニエルはロボットですので、まったく動じない。そこで、主人公は、嫉妬の持って行き場もなくすわけですが、そのくだりを読んだとき、まさに、雷に打たれたよう、とはこういうことをいうのかというような、なにか、天から一筋の剣が降りてきたような鋭い一撃を受けました。


そうか! 人間だから、嫉妬する。怒る。憎む。喜ぶ。悲しむ。全部まとめて、感情なんだ。全部セットで人間なんだ、愛すべき人間なんだ! どれか一つだけなくしてしまうことなんてできない。しなくていい! 。ああ、人間でよかったと、醜い自分も愛おしくなりました。


その後も、嫉妬心がなくなったわけではありません。ただ、嫉妬から、相手を傷つけるようなことをわざと言ってしまうのは減ったような気がします。そして、ああ、今自分は嫉妬しているな、とそうしている自分を冷静に見ているもうひとりの自分をいつも感じられるようになりました。嫉妬はなくならないけれど、嫉妬している自分を責め貶める自分はなくなったのです。


その後、その小説を何年かして読み返したときには、何も感じませんでした。いまもです。おそらく、ほかの人が読んでも、そうでしょう。あのとき、あのタイミングで読んだから、でした。つまり、何を読んでも、同じことに気づけたのかもしれません。


人は何からでも気づける。誰からでも学べる。

本の価値は、読み手がつくる。


ともに、のちに私がよく話すことですが、このときの体験も大きかったと思います。


というわけで、いまはつらいと思いますが、こういう自分をどうにかしたい、と思いつづけていれば、きっと答えは、必要なときに、必要な形で、ふってきます。だいじょうぶ。自分を信じて。


それに、、、、、最近(といっても2年前ぐらいかな)、どなただったか、高僧の方が(これからは、必ずメモしておきます。どなただったか、なんて書いていると説得力ないですものね)、次のように書いておられるのを読みました。


悟りに向けて修行していくなかで、最後まで残ったのが、「嫉妬心」だったと。


なんだ、偉いお坊さんだって、そうなんだ、となぜか、ほっとしませんか?



いかがでしたか? 何か、少しでも、目を上げて目にする世界の色が違って見えてくることがあったら、いいのですが、、、、、ご意見、そして、あなたも、どうぞ、お問い合わせフォームにて、または、info@hoshibay.com まで、質問をお寄せくださいませ!




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